大阪地方裁判所 平成11年(ワ)9523号 判決
原告 野口富一
被告 長谷川薫
被告 渡部治美
被告 米良穣
右三名訴訟代理人弁護士 石井通洋
同 間石成人
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告長谷川薫は金一億円を、被告渡部治美及び被告米良穣はそれぞれ金五〇〇万円を、レンゴー株式会社に対し、支払え。
第二事案の概要
本件は、レンゴー株式会社(以下「レンゴー」という。)の株主である原告が、レンゴーがセッツ株式会社(以下「セッツ」という。)を不合理、不公平な合併比率で吸収合併したことにより、レンゴーに少なくとも九三億円という多額の損害が生じたとして、右合併を実行したレンゴーの代表取締役兼取締役である被告長谷川薫(以下「被告長谷川」という。)に対し、取締役としての忠実義務(商法二五四条ノ三)及び善管注意義務(同法二五四条三項)違反を根拠に、また、被告長谷川が右合併を実行するのを許したレンゴーの監査役である被告渡部治美(以下「被告渡部」という。)及び被告米良穣(以下「被告米良」という。)に対し、監査役としての善管注意義務(同法二八〇条、二五四条三項)違反を根拠に、それぞれ、右損害の一部をレンゴーに賠償するよう求めた株主代表訴訟である。
一 当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実
1 当事者等
(一) 原告は、レンゴーに対して被告らの責任を追及する訴えの提起を請求した日(平成一一年七月二二日)の六か月前から引き続きレンゴーの株式を保有する株主である。
(二) 被告長谷川は、レンゴーの代表取締役兼取締役であり、被告渡部及び同米良は同社の監査役である。
(三) レンゴーは、大阪市福島区大開四丁目一番一八六号に本店を置き、パルプ、紙、紙加工品及びその材料の製造販売等を目的とする株式会社である。
セッツは、段ボール原紙、その他の板紙の製造、販売等を事業内容とする株式会社である(乙一)。
2 本件合併
(一) 本件合併契約の締結
レンゴーは、平成一〇年八月二八日、セッツとの間で、<1>両社は合併して、レンゴーは存続し、セッツは解散する、<2>合併期日は平成一一年四月一日とする、<3>レンゴーは、合併に際し、合併期日前日最終のセッツの株主名簿に記載された株主が所有する株式数に〇・二を乗じた数の合計に相当する数(ただし、一株未満の端数は切り捨てる。)の額面普通株式(一株の額面金額五〇円)を発行し、各株主に対し、その所有するセッツの株式一株につき、レンゴーの株式〇・二株の割合をもって、これを割り当て交付する、<4>本契約締結後合併期日前日までの間に、レンゴー又はセッツの資産若しくは経営状態に重大な変動が生じたとき、及びレンゴー又はセッツの資産若しくは経営状態に隠れたる瑕疵があることが判明した場合には、両社協議のうえ、合併条件を変更し、または本契約を解除することができるなどの約定の合併契約を締結し、右事項等を記載した合併契約書を作成した。
なお、本件合併契約では、合併交付金の支払いに関する約定はされておらず、本件合併で合併交付金が支払われることは予定されていない(甲三、弁論の全趣旨)。
(二) 本件合併契約書の承認及び本件合併の実行
レンゴーは、平成一〇年一二月一八日開催の臨時株主総会において、本件合併契約書の承認を得た。
そして、レンゴーは、平成一一年四月一四日、セッツとの合併の登記を経由し、本件合併を実行した(弁論の全趣旨)。
(三) レンゴーがセッツから引き継いだ正味財産
レンゴーは、本件合併契約締結の時点における最終の貸借対照表(平成一〇年三月三一日現在)では、資産が二三七二億五三〇〇万円、負債が一五八二億〇九〇〇万円、資本が七九〇億四三〇〇万円であり、同年九月三〇日現在の中間貸借対照表では、資産が二五〇七億二二〇〇万円、負債が一七一八億八九〇〇万円、資本が七八八億三三〇〇万円であり、本件合併直前の平成一一年三月三一日現在の貸借対照表では、資産が二四二二億五八〇〇万円、負債が一六三〇億八八〇〇万円、資本が七九一億六九〇〇万円であった(甲三、六)。
セッツは、本件合併契約締結の時点における最終の貸借対照表(平成一〇年三月三一日現在)では、資産が一〇五九億四九〇〇万円、負債が一〇三二億〇七〇〇万円、資本が二七億四二〇〇万円であり、同年九月三〇日現在の中間貸借対照表では、資産が八八九億円、負債が一一五四億八八〇〇万円、資本がマイナス二六五億八七〇〇万円であり、本件合併直前の平成一一年三月三一日現在の貸借対照表では、資産が五六〇億〇一〇〇万円、負債が九〇〇億九二〇〇万円、資本がマイナス三四〇億九一〇〇万円であった(甲三、七)。
レンゴー及びセッツは、株式会社大和総研(以下「大和総研」という。)に対しセッツの営業権の評価を依頼し、平成一〇年一一月二七日、同月二四日時点の評価額が七四億九六〇〇万円であるとの回答を得た(乙四)。さらに、レンゴー及びセッツは、セッツ所有の土地につき、株式会社加地都市鑑定所及び財団法人日本不動産研究所から得た鑑定評価のほか地価税課税標準額を元に評価替えを行ったところ、評価益は約二九二億〇一〇〇万円となった(乙八)。
したがって、セッツの資産に右営業権及び土地評価益を加算するとすれば、本件合併によりレンゴーがセッツから引き継いだ正味財産は、資産九二六億九九〇〇万円から負債九〇〇億九二〇〇万円を差し引いた、残り二六億〇六〇〇万円である(百万円未満切捨て)、ということになる。
3 提訴請求
原告は、平成一一年七月二二日、レンゴーの本社に赴き、同社総務部所属の従業員に対し、同日付けの書面(宛名を「レンゴー株式会社御中」、題名を「取締役及び監査役への訴えの請求」とし、提訴すべき役員として被告らの氏名及び役職名[代表取締役であるか監査役であるか]を記載し、提訴すべき理由として本件訴訟と同様の理由を記載している。)を手渡し、レンゴーに対して、被告らの責任を追及する訴えを提起するように請求したが、レンゴーは、右請求の日から三〇日を経過するも、右訴えを提起しない(甲二の1、弁論の全趣旨)。
二 主な争点
1 本件訴えの適法性
2 被告らの責任の有無
(一) 不合理、不公平な合併比率による合併で、会社に損害が発生するか否か。
(二) 本件合併比率が不合理、不公平なものであったか否か。
なお、原告は、本件訴訟において、本件合併が効力を生じた時点(平成一一年四月一四日)で消滅会社であるセッツが債務超過であったという主張をしておらず、合併比率が不合理、不公平であったこと(したがって、本件合併契約書の約定に基づく合併条件の変更又は合併契約の解除という是正措置を講じるべきであったのにこれを怠ったこと)を主張し、その当否の判断を当裁判所に求めている(第二回準備的口頭弁論期日調書)。
三 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件訴えの適法性)について
(一) 被告らの主張
株主が、商法二六七条に基づき、取締役の責任を追及する訴えを提起するについては、事前に監査役に対して訴え提起の請求を行わなければならず(同法二七五条ノ四)、また、同法二八〇条、二六七条に基づき、監査役の責任を追及する訴えを提起するについては、事前に代表取締役に対して訴え提起の請求を行わなければならない。
しかるに、原告は、レンゴーに対し、平成一一年七月二二日付けの「取締役及び監査役への訴えの請求」と題する書面を、宛名を「レンゴー株式会社御中」として提出しただけであり、右商法の定める適式な請求を行っていない。
すなわち、本件訴えは、取締役である被告長谷川については、事前に監査役に対して訴え提起の請求がなされておらず、監査役である被告渡部及び同米良については、いずれも事前に代表取締役に対して訴え提起の請求がなされていないので、不適法であり却下されるべきである。
(二) 原告の主張
被告らの主張は争う。
原告がレンゴーに提出した平成一一年七月二二日付けの「取締役及び監査役への訴えの請求」と題する書面の宛名を「レンゴー株式会社御中」としたのは、代表取締役兼取締役である被告長谷川に対する訴えを提起するのは監査役であり、監査役である被告渡部及び同米良に対する訴えを提起するのは代表取締役であって、同一の損害賠償請求事件で被告同士が原告にもなるということに相互矛盾を感じたからである。また、レンゴーの役員及び従業員は、会社の代表者を決定する方法に関する商法の規定を十分理解していると考えたからである。
加えて、原告は、右書面をレンゴーの総務部で同部所属の従業員に直接手渡し、控え(甲二の1)に受領印を押してもらったが、その際、右書面で請求している訴えの原告、被告の関係が交差する旨は説明した。
仮に、提訴請求の手続に瑕疵があるとしても、レンゴーは、平成一一年七月二二日に右書面を受理し、その後三〇日を経過するも、右請求に関して会社の代表が誰であるかを表明していないから、これは黙示の了承であり、瑕疵は治癒されるものである。
2 争点2(被告らの責任の有無)について
(一) 原告の主張
(1) 本件合併契約における合併比率は、レンゴー及びセッツの資産内容からみて、不合理、不公平である。
本件合併契約締結の時点における最終の貸借対照表(平成一〇年三月三一日現在)では、両社の正味財産は、レンゴー七九〇億四三〇〇万円、セッツ二七億四二〇〇万円であったが、その後、本件合併契約書承認の臨時株主総会の時点における直近の貸借対照表(中間貸借対照表[平成一〇年九月三〇日現在])では、両社の正味財産は、レンゴー七八八億三三〇〇万円に対し、セッツマイナス二六五億八七〇〇万円(債務超過)となっており、さらに、本件合併直前の平成一一年三月三一日現在の貸借対照表では、両社の正味財産は、レンゴー七九一億六九〇〇万円に対し、セッツマイナス三四〇億九一〇〇万円(債務超過)であった。
被告らが合併比率決定の資料とした大和総研作成の平成一〇年七月一七日付け合併比率算定書(乙一)は、株式の市場価格とフリー・キャッシュ・フローから合併比率を算出しているが、会社比較に重要な要素を占める両社の資産価値を全く無視している。
しかも、右合併比率算定書では、フリー・キャッシュ・フロー方式による算定をしているが、これには支払利息の観念が欠落している。セッツのような、売上げに対し、多大な債務を抱える会社の業績診断では、右債務に対する金利を売上げの原価として考えなければならない。本件合併時点では、貸借対照表上のセッツからの引継有利子負債は七六三億六四〇〇万円であるが、実質有利子負債は、保証債務、リース債務を加え九九七億六六〇〇万円となり(甲一五)、売上高に対比すれば莫大な額である。
また、右合併比率算定書では、付随的資産の含み損益として、有価証券の評価益はレンゴー及びセッツの両社ともに考慮されているが、土地の評価益は全く考慮されていない。土地の評価益については、本件合併時点でのセッツの資産に計上されているのだから、両社とも土地を評価替えした上で、合併比率を算定しなければ、甚だ不合理、不公平である。
さらに、右合併比率算定書では、平成一〇年三月三一日現在の計算書類を資料としているが、右時点はセッツにまだ正味財産が存在していたときであり、合併条件を決定する大きな要因である合併直前期(平成一〇年四月一日から平成一一年三月三一日まで)に関する予測数字が資料に全く入っていない。
その上、大和総研は、株式会社住友銀行(以下「住友銀行」という。)系である大和証券株式会社グループ傘下の企業であり(甲一二)、レンゴー及びセッツのメインバンクも住友銀行である。セッツが倒産して一番損害が表面化するのは、主取引銀行、主債権者である住友銀行であり、本件合併の促進者も住友銀行である。また、セッツの幹事証券は大和証券株式会社である。以上によれば、右合併比率算定書の客観性には疑問があり、他社の算定書も資料に加えるべきである。河本一郎神戸大学名誉教授作成の意見書(乙二)も、平成一〇年七月二〇日付けのものであり、その後、セッツが多額の債務超過状態に陥ったことを考慮しておらず、証明資料としては不適当である。
(2) 本件合併に関しては、大株主の反対があった。すなわち、平成一〇年七月二四日開催のレンゴーの取締役会において、レンゴーの筆頭株主である東洋製罐株式会社の取締役社長であり、レンゴーの非常勤取締役でもある三木啓史は、本件合併契約締結に関し、未だセッツの債務超過額が不明確であったのに、「有利子負債が売上規模、キャッシュ・フローの点から見て、非常に大きくなること、及び合併により、既存株主の権益が損なわれるおそれがあることから反対である。」旨の意見表明を行っている(甲一一の1)。
(3) 被告長谷川は、セッツの資産状態が本件合併比率を決定した合併契約締結時より著しく悪化したのにもかかわらず、大株主の反対意見を尊重せず、合併条件の変更、合併契約の解除という本件合併契約上の権利を放棄し、また、会社更生法、営業譲渡等、本件合併以外の方策の審議検討も取締役会に上程しないまま、当初の合意どおり、セッツ株式一株に対しレンゴー株式〇・二株という不当な合併比率にて本件合併を実行した。その結果、セッツの株主に時価総額一一九億五四〇〇万円(二八〇円×四二六九万五〇〇〇株、百万円未満切捨て)のレンゴーの株式が割当発行され、セッツから引き継いだ正味財産が二六億〇六〇〇万円であることから、レンゴーに対し、少なくとも九三億円の損害を与えたものである。
また、被告渡部及び同米良は、大株主の反対意見を知り、かつ、セッツの資産状態のさらなる悪化を知りうる立場にありながら、監査役会の審議議題にも上程せず、結果的に被告長谷川の独走を許し、レンゴーに多大な損害を与えることを傍観した。
(4) 被告らは、合併比率の当、不当は株主間の損得の問題であって、会社自体に損害はないと主張している。しかし、右主張は、発行済株式の交換であれば妥当な理論であるが、新株の発行では、その数の当否により会社に大きな影響が生じる。新株の発行は株式の分割(無償交付)以外では、会社の資金調達の大きな手段である。被告らは、この機会利益(他の目的に行使すれば当然収得できる利益)を放棄して莫大な負債を負担することになり、レンゴーに大きな損害をもたらした。
(二) 被告らの主張
(1) 合併比率の当、不当は合併当事会社の株主間の公平、不公平の問題を生ずることはあるとしても、会社自体に損害を生ずるものではない。
(2) 本件合併比率の決定に当たっては、営業譲渡、企業買収、合併等に当たっての事業評価、株式鑑定評価、合併比率算定、営業権評価等に関して実績を有している大和総研に合併比率の算出を依頼し、平成一〇年七月一七日付け合併比率算定書(乙一)をもって、一対〇・二(セッツ株式一株に対し、レンゴー株式〇・二株)との評価を得た上、さらに、右合併比率算定書で算出された合併比率の法的公正性について、商法の専門家である河本一郎神戸大学名誉教授に検討を依頼し、同年七月二〇日付け意見書(乙二)をもって、右合併比率は経営判断として妥当であるとの意見も得ている。本件合併比率は、右評価、意見を踏まえて決定された適正な比率であって、およそ違法あるいは不当とされるべき点はない。
(3) 原告は、大和総研の合併比率算定書では、合併比率の算定に当たって、合併直前期のセッツの予測数値が資料に入っていないと主張するが、右合併比率算定書は、市場価格方式とフリー・キャッシュ・フロー方式との併用方式を採用しているところ、フリー・キャッシュ・フロー方式による株式評価に当たっては、セッツの子会社、グループ会社の整理清算(計画)を実行した場合のセッツの財務内容の変化を考慮してその価格を算定評価している。
また、原告は、右合併比率算定書では、合併比率の算定に当たって、付随的資産の含み損益として、レンゴー及びセッツのいずれについても、有価証券の評価益は考慮しながら、土地の評価益を考慮していないと主張するが、右合併比率算定書におけるフリー・キャッシュ・フロー方式による株主価値(株価×発行済株式総数)の評価に当たっては、株主価値を「事業価値」と「付随的資産(事業を継続する上で売却しても支障のない資産)の含み損益」との総和として捉え、有価証券については付随的資産に含まれるものであるからその含み損益を時価評価し、土地については両社いずれにとっても事業価値を生み出すための資産であり付随的資産ではないからその含み損益を計上しなかったものである。
第三当裁判所の判断
一 争点1(本件訴えの適法性)について
株主は、取締役又は監査役に対して株主代表訴訟を提起するに当たり、事前に会社に対し取締役又監査役の責任を追及する訴えを提起するよう請求しなければならないものとされている(商法二六七条一項、二項)。その趣旨は、一次的に原告として取締役又は監査役の責任を追及する義務を負う会社に対し、訴訟を提起することの要否及び当否を検討する機会を与えるためである。
そして、会社に対して事前の提訴請求を行う際、会社を代表してこれを受領するのは、取締役の責任を追及する訴えについては、商法特例法二四条の適用を受ける会社を除き、監査役であり(同法二七五条ノ四後段)、監査役の責任を追及する訴えについては、代表取締役であると解される。したがって、代表取締役兼取締役である被告長谷川については監査役が、監査役である被告渡部及び同米良については代表取締役が、それぞれ事前の提訴請求に対し会社を代表してこれを受領すべきことになるから、事前の提訴請求を行う原告としては、代表取締役兼取締役である被告長谷川に対する責任追及の訴えについては、監査役に対して、また、監査役である被告渡部及び同米良に対する責任追及の訴えについては、代表取締役に対して、それぞれ提訴請求を行うことを要することになる。
これを本件についてみるに、前記認定のとおり、原告は、平成一一年七月二二日、レンゴーの本社に赴き、同社総務部所属の従業員に対し、同日付けの書面(宛名を「レンゴー株式会社御中」、題名を「取締役及び監査役への訴えの請求」とし、提訴すべき役員として被告らの氏名及び役職名[代表取締役であるか監査役であるか]を記載し、提訴すべき理由として本件訴訟と同様の理由を記載している。)を手渡している。原告がレンゴーの従業員に手渡した書面には、宛名として「レンゴー株式会社」のみが記載されており、レンゴーを代表して同書面を受領すべき監査役又は代表取締役を明示していないという不備が認められる。
しかしながら、一般に、事業活動を行う株式会社においては、会社宛ての書面が郵便で配達されたり、直接手渡されたりした場合、たとえ当該書面の処理を担当する部署が明示されていなくても、当該部署に回付されるような仕組みが整備されているものと考えられる。本件で原告がレンゴーの従業員に手渡した書面は、会社の代表取締役兼取締役及び監査役に対する責任追及の訴えを提起することを求める内容であり、事業活動を行うに当たって日常的に処理される書面ではないけれども、名宛人を明示していないのに止まり、誤った名宛人を記載したものではないから(例えば、監査役宛てとすべきであるのに代表取締役宛てと記載したものではない)、右のような回付の仕組みにより、監査役及び代表取締役に回付されているものと考えられる。事実、被告らも、原告が提出した書面がレンゴーの監査役及び代表取締役に到達していないという主張はしていないのである。
そうであるとすれば、本件においては、レンゴーには、被告らに対する責任追及の訴えを提起することの要否及び当否について検討する機会が確保されていたものというべきであるから、原告がレンゴーの従業員に手渡した提訴請求の書面に、宛名として、レンゴーを代表して同書面を受領すべき監査役又は代表取締役を明示していないという形式的な不備があったとしても、本件訴えの提起が不適法で却下を免れないとまでは言えないものと解するのが相当である。
二 争点2(被告らの責任の有無)について
原告は、本件合併契約における合併比率が不合理、不公平であり、そのためにレンゴーに多額の損害が生じたと主張し、合併比率が不合理、不公平である根拠を具体的に主張している。
しかしながら、仮に、合併比率が合併当事会社であるレンゴーとセッツの資産内容からみて不合理、不公平であり、消滅会社であるセッツの株主に対し同社の資産内容に比して過当な株式(存続会社であるレンゴーの株式)が割り当てられたとしても、合併により、消滅会社であるセッツの資産及び負債は全て包括的に存続会社であるレンゴーに引き継がれており、合併交付金の支払いという形での資産の流出もなく、また、新たな債務負担はないのであるから、消滅会社であるセッツの株主が不当に利得する反面、存続会社であるレンゴーの株主が損失を被ることになるとしても、存続会社であるレンゴー自体には何ら損害は生じないものと解される(なお、存続会社であるレンゴーの株主が、合併比率が不合理、不公平であり合併により損害を受けると信じたのであれば、商法が定める手続を践み、株式買取請求権を行使することにより、その損害を回避することができたものである)。
なお、原告は、レンゴーが本件合併に当たり新株を発行していることに着目し、新株の発行は、株式の分割(無償交付)以外では、会社の資金調達の大きな手段である、本件合併により、他の目的に行使すれば当然取得できるという機会利益を放棄して莫大な負債を負担することによってレンゴーに大きな損害をもたらしたと主張している。
しかしながら、原告の主張は、いわゆる吸収合併を行うに当たり消滅会社の株主に対して株式を割り当てるために行う新株発行と、会社の資金調達の手段として行う新株発行とを混同するものであり、採用することができない。本件合併により、資金調達のための新株発行を行うことができなくなった訳でも、今後できなくなる訳でもない。
以上の次第で、仮に、本件合併契約における合併比率が不合理、不公平であったとしても、レンゴーに損害は生じないのであり、株主代表訴訟は、会社のいわば所有者たる株主が、会社が受けた損害の回復を通じ、株主自身の利益の回復を図るために認められた手段であるから、会社に損害が発生しない以上、合併比率の当、不当について判断するまでもなく、原告の請求は、主張自体理由がないものと言わざるを得ない。
第四結論
よって、原告の請求は、理由がないからこれをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田光宏 裁判官 桑原直子 裁判官 松田道別)